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小倉遊亀さんミニガイドの編集

2010-06-04

宇都宮美術館へ、小倉遊亀さんの特別企画『生誕105年』展示会を…観に行って来ました。

そこで小倉遊亀さんについて、僕の知っていることを、少し書いてみたいと思います。

1.ogurayuki.jpg

小倉遊亀さんは、1895年3月1日に滋賀県大津市で生まれて、2000年7月23日に亡くなっています。
105歳と云う…長命でした。

小さい時から成績が良く、今では出来ない飛び級で進級しました。

2.taishou12nen.jpg

奈良女子高等師範学校(現:奈良女子大学)に入学したその日の帰り道、母と停車場で「これで思い残すことはないので、明日退校届を提出する。」と話していたら、隣の紳士が話を聴いていて『お金だったら援助しましょう。』と申し出て下さり、そんな幸運の中で、期待通り…主席で卒業しました。

3.shihangakkou.jpg

直ぐに京都の第三高等小学校の先生になり、昼は授業、夜は絵画の日々を過ごしました。

25歳の時に学校の先生を辞めて、絵画一筋に生きることにした遊亀さんは、思い切って安田靫彦(ゆきひこ)氏を訪ねて…弟子として認められました。

4.yasudayukihiko.jpg

それ以後安田先生に師事して絵画を学び、30歳の時に描いた「童女入浴」が、小林古径や速水御舟に注目されました。

5.doujonyuuyoku.jpg

そして43歳の時に、30歳年上の…臨済宗の禅徒・小倉鉄樹先生と結婚しました。

6.wedding.jpg

結婚直前に発表した、有名な絵がこれです。

7.yokujo1.jpg

この絵は僕が、小倉遊亀さんの絵を始めて観て…強い衝撃を受けた作品です。

さて結婚に際し、鉄樹先生の弟子達からの進言に従い、鉄樹先生のお世話をすることに専念して、絵を描くことを断念していました。

結婚生活も3年程過ぎたある日、鉄樹さんが『かあちゃん、あんたなんで絵を描かんのや!?』と言われ、『描いてもいいんですか?』に、『当たり前やがな!!』と貰った返事から、遊亀さんは、再び筆を持つことになりました。

しかしそれからは、結婚前の根詰めた様な気持ちで絵を描くのではなく、家事の合間にとか、夕食の後でとか…気持ちを楽にして、描ける様になっていました。

一度、絵筆を捨てたことで逆に…全てを得られることになっていたのだ!!

そんなある日、それまで遊亀さんの絵を批評したことのなかった鉄樹さんが、遊亀さんの描いた観音像を見て「かあちゃん…あんた、かんのんさん描くのは、未だ早いな!!」と云われてしまう。

8.kanzeonbosatsu.jpg

理由は何も言わないのだから、遊亀さんは随分と困っただろうと推測出来ます。

しかし遊亀さんはその理由を、一生聴くことは出来なかった。

結婚してから七年目(1944年・昭和19年)に、鉄樹さんは亡くなってしまったからです。

その間際に鉄樹さんは、『かあちゃん…すまんなぁ。とうとう抱いてやれんかったなぁ。』と話している。

それから遊亀さんの、鉄樹さんに認めて貰える様な観音像を描く、長い心の旅が始まったのだ。

そして遂に1966年(昭和42年)に…中国の龍門石窟で、釈迦につかえる僧侶のひたむきな気持ちを感じて、次の絵の草案になったと云う。

同年に完成したこの絵で、宗教的感動である「法悦」を描けたと、遊亀さんは言っています。

9.komochi.jpg

この絵の題名は、「径」と書いて、『こみち』と読む。

次の絵は、1970年(昭和45年)に描いた作品で、題名は「姉・妹」と書いて、『あね・いもうと』と読む。

10.aneimouto.jpg

さてこの2枚の絵のどこに、観音様(佛さま)の姿があるのでしょうか?

今度は遊亀さんから我々への、宿題になりましたね。

扨遊亀さんは晩年になると、鎌倉の屋敷に咲く、武蔵野の平林寺から移植した古い紅梅や白梅を数多く描いている。

11.mugetsukoubai.jpg

亡くなった夫の『鉄樹』と云う名前には、《古い梅の木》と云う意味がある。

12.tsukiume.jpg

肉体的な結びつきはなかったかも知れないけれど、亡き夫との精神的な結びつきを、生涯模索していたのではないかと、僕は考えています。

尚このブログに掲載した写真は全て、「没後10年・小倉遊亀展」から…転載させて戴きました。

中村 葵大 (2010-06-04 18:49:53) | parmlink | コメント(0)
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