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2006年09月08日

大塚国際美術館を楽しむ

大塚国際美術館は、1998年3月に開館した。

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建設の数年前から、当時の会長の大塚芳満さんから聞いていたが、入場料を5,000円にすると仰る。

当時の日本の美術館の入場料金の平均が、1,200円なのに、まして徳島県鳴門市の外れの立地で、
しかも陶板の複製で、絵の中に線が入っているのだから、どんなに高くても、800円がいい處だと思い、進言した。

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完成して幾らの入場料にしたか訪ねたら、3,000円にしたとのこと。

「貴君の意見も、少しは入れたから・・。」と茶目っ気たっぷりの顔をされた。

その金額では、入場者は少ないだろうと思い、行ってみた。

確かに、空いている・・・だから実に見易い。

しかし目が慣れてくると、陶板であることもだが、絵の中の線については、全く気にならなくなる。

そうして見てみると、全ての絵について、額も全く原型と同じものにしたことの効果もあり、見学者が少なく、自分が気に入った絵画とたった一人で対峙出来るので、観ていて全く、飽きがこない・・いやそれどころか、今この絵は、自分だけのものだとの錯覚さえ生まれる。

こうして結局、毎年の様に通ってしまっている。

何故なら、これだけの名画の本物を観ようとしたら、飛行機代や宿泊代を計算すると、とんでもないお金と時間が掛かるからで、僕は今では、入場料についてはむしろ安い位だと宣伝する様になったのだから、経営者の先見の明が、いかに違うかと云うことも、改めて思い知らされてしまった。

と云うことで、折角これだけの絵画が一同に会しているのだから、大塚国際美術館でなければ楽しめないことを、お教えしよう。

ここに4枚の「受胎告知」の絵があります。

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この絵に、共通していることがあります。

それは、天使が全て「人差し指と中指を立てた状態で、マリア様に対峙している。」と云うことです。

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この指の形が、「祝福」を意味するのです。

今度はこの5枚に、「聖母子像」の2枚加えて、この6枚に共通することがありますが、解りますか?

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6枚の絵に共通していることですが、昔からマリア様の姿は、必ず「濃紺と赤」の着衣であるが守られて、描かれていることです。
濃紺は信仰を表し、赤は愛を表します。
因みに緑が使われている時には、謙譲を表しています。


次にこの《祝福の指の形》を利用して、真意とは全く違う表現をさせている絵画があります。

それがこの、ナポレオンの戴冠式の絵です。

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この絵の中の、ローマ法王の代理で来た枢機卿の指を観て下さい。

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実際には祝福の意志がないのですが、指の形をその様にすることで、枢機卿の意図を代えたのです。

この絵画を描くことをナポレオンから命じられた「作者:ダビッド」の、正に苦肉の策だったのです。

さあこんなことを頭に入れて、是非一度、徳島県鳴門市に、足を運んでみて下さい。

期待以上のものがあることは、保証します。

但し、館内一周で4kmありますから、歩きやすい靴で・・・!!

2006年09月03日

考える人

バチカン市国にある「システィーナ礼拝堂」の改修工事が始まったのは、1982年6月からである。
この礼拝堂は、1505年3月、時のローマ法皇ユリウス�世(65才)が、ミケランジェロ・ヴォーナロティ(33才)に命じて、まず天井画の製作から始め、約30年をかけて、壁画の「最後の審判」を描いて完成した大作品だ。
これだけの作品だけあって、改修工事が完成したのも1994年の4月と、実に12年の歳月が掛かった。

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改修工事で判ったことは、原画の上に加筆・修正が加えられていたことだ。
服を着て赤ん坊を抱く女の人に、実は乳房が出ていたり、男だとばかり思われていた絶望する人が女性だったり、傑作なのは、製作中ミケランジェロに意地悪くあたった当時の儀典長:ビアージョ・ダ・チェゼーナを、地獄の番人のミノスとして描いた上に、その腰の布を消したら、なんとミノスのペニスに蛇が噛み付いていたことで、仕返ししていたことだ。

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その絵画の中で、預言者エレニアは、後のオーギュスト・ロダンが「考える人」を作成する時にモチーフにしたと言われている。

参照 http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/michelangelo_universale.html

前置きが長くなったが、この「考える人」一体何を考えているのだろうか。
普通に考えているにしては、少し体形がおかしい。
右手の平と甲が口の中に入っている様に見えて、尚且つその右肘が左足の膝の上にある。
なんだか少しゆがんでいる様だ。
そして一体どこに座っているのか。
まさか便座ではあるまい。
一般的に「考える人」は、単独で飾られていることが多いので、こんな疑問が生じてしまうが、実は彼には定位置があるのだ。

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彼の定位置は、ロダンの作品群の中でも超大作と云われる『地獄門』の中央、一番上の所が、彼の居場所なのだ。
地獄門は、左が地獄で、右が天国として造られている。
そう彼は、死んだ人間を天国へやるべきか、地獄へ送るべきかを「考える人」なのだ。
日本では「浄玻璃の鏡」というのがある。

つまり人には、4つの見方があって・・
「自分も他人も知っている自分」
「自分は知っているが、他人は知らない自分」
「他人は知っているが、自分は知らない自分」
「自分も他人も知らない自分」
の4つの要素を実行しながら、生きているのだと云うことだ。

死んで閻魔様の前でこの鏡の前に立つと、自分の生前におけるこれら善・悪の所業を映し出され、天国へ行くのか、地獄へ行くのかを決められると云われている。
つまり「考える人」は、西洋版の閻魔様なのだ。

一度見てみたいという方は、東京上野の国立近代美術館に行かれることをお勧めします。
  無料で見られる『地獄門』があります。

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作者ロダンは、《これより先この門をくぐる者は、一切の望みを捨てよ》との意味を込めた。

改めてこの門を見て、たまにはご自身の人生を振り返ってみては如何でしょうか?